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東京高等裁判所 昭和58年(ラ)412号 決定

抗告人 有限会社丸光商事

右代表者取締役 有井邦和

債権者塩山信用組合(峡東信用組合)、債務者志村治一、所有者抗告人間の甲府地方裁判所昭和五三年(ケ)第一八七号任意競売事件について、同裁判所が昭和五八年六月二九日にした競落許可決定に対し、抗告人から即時抗告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件抗告を棄却する。

理由

第一、抗告人の主張

抗告人は、「原決定を取り消す」旨の決定を求め、その理由を大要次のとおり主張した。

一、本件競売期日の公告には、次のような瑕疵がある。

1. 本件競売不動産の表示は、公告では登記簿上の記載によって表示されているため、次のように現況と相違がある。

(一)  本件競売土地の地積は、二筆合計で現況八六九・六六平方メートルであるのに、右公告では登記簿上の地積によって表示しているため、二筆合計で八四四・六九平方メートルに過ぎない。

(二)  本件競売建物のうち、原決定添付目録(以下単に目録という。)(3)ないし(7)の建物の床面積は合計で現況一三四・八七平方メートルであるのに、右公告では登記簿上の床面積によって表示しているため、合計で七九・九八平方メートルに過ぎない。

(三)  目録(8)ないし(11)の建物の床面積は合計で現況一五九・〇四平方メートルであるのに、右公告では登記簿上の床面積によって表示しているため、合計で一一九・六八平方メートルに過ぎない。

(四)  目録(13)の建物は、現況が木造瓦葺二階建床面積一階八三・〇六平方メートル、二階一九・八七平方メートルであるのに、右公告では登記簿上の記載によって木造瓦葺平家建床面積二九・四二平方メートルと表示されている。

(五)  目録(14)の建物は、現況の床面積が六四・五九平方メートルであるにもかかわらず、右公告では登記簿上の床面積六四・四六平方メートルを表示するに過ぎない。

(六)  目録(3)ないし(7)、(10)ないし(13)の各建物は、現況が甲府市武田二丁目一二三番の土地(目録(1)の土地)の上に存在するのに、右公告では登記簿上の表示によって同所一七五番の土地(目録(2)の土地)の上に存在するように表示されている。

2. 本件競売土地上には、次の未登記建物が存在するのに、右公告には、この建物の表示がない。

甲府市武田二丁目一二三番地所在

木造瓦葺二階建居宅

床面積一階 二九・八一平方メートル

二階 二九・八一平方メートル

3. 本件競売建物のうち目録(8)の建物を賃借していた町田米作は、昭和五四年一一月一七日に死亡し、相続人もないことから、右賃貸借は終了したにもかかわらず、右公告では未だ賃借権が存在するように記載されている。

二、抗告人は、本件競売不動産の所有者であるところ、競売期日の公告に右のような瑕疵があるため、本件競落許可決定により損失をこうむるので、右決定の取消を求めるため、本件抗告に及ぶ。

第二、当裁判所の判断

一、本件の任意競売事件は、民事執行法施行前に申し立てられたものであるところ、競売法二九条一項、民訴法六六七条一項一号所定の競売期日の公告における不動産の表示は、競売不動産を特定しその同一性を明確にすることを主たる目的とするのであるから、原則として登記簿上の表示を掲げることをもって足りるものである。もっとも、当該不動産の現況が登記簿上の表示と著しく異なる場合には、右公告においてその現況をも併記すべきであるが、これは、公告に記載される他の事項と相俟って当該不動産の実質的価値を知らせる意義を有するものであるから、現況と登記簿上の表示とが著しく異なる場合であっても、現況の併記が当該不動産の実質的価値を知らせる資料として重要な意義を有しない特段の事情が存するときには、右公告に現況の併記を欠いてもこれをもって違法とすることはできないのである。

以下右の観点によって抗告人の主張を審按する。

二、抗告理由一1(一)及び(五)の主張については、仮に現況と登記簿上の表示との間に所論のような面積の差があっても、これをもって両者間に著しい差異が存する場合ということはできない。したがって、本件公告に現況の併記がなくても違法とすることはできない。

三、抗告理由一1(二)ないし(四)及び(六)の主張については、仮に現況と登記簿上の表示との間に所論のような相違点があるとすれば、これは、両者間に著しい差異が存する場合ということができる。ところで、抗告人が当審において提出した実測図及び丈量図は抗告人の自認するとおり本件競売建物の賃借人らの協力が得られなかったため必ずしも正確なものということはできず、これらの図面によって抗告人主張の現況を認定することはできないのであるが、本件記録中の執行官作成の不動産評価報告書によれば、現況として、目録(3)ないし(8)、(10)ないし(12)の各建物は改築されていること及び同(13)の建物は二階建であることが認められるのであり、抗告人提出の前記図面を併せ考えれば、現況を正確には把握できないもののこれらの建物の現況と登記簿上の表示との間にはかなりの相違があるものと推認することができる。

しかしながら、本件については、次のような特段の事情が存在するので、右公告に本件競売建物(但し、目録(14)の建物については既に判示したとおりであるから、これを除く。この項において以下同じ。)の現況を併記しなくても、これをもって違法とすることができない。

1. 本件記録中の執行官作成の不動産賃貸借取調報告書及び不動産評価報告書によれば、本件競売建物は、いずれも大正末期に建築され、改修工事を施さないと居住困難なほど老朽化しているところ、右建物の賃貸借においては、右建物の所有者はその修理をしない代りに賃借人において自由に改修工事を施すことができる旨の特約があり、右建物の賃借人はそれぞれ自己の負担において改修工事を施していることが認められるから、右建物の現況が登記簿上の表示と異っていても、これは賃借人の負担において改修工事を施した結果であることを推認することができ、この場合において賃貸借終了に当り増価額が現存すれば、結局は賃貸人(ひいては競落人)の負担となるべきものであるから、本件において右建物の現況を表示することは、右建物の実質的価値を知らせる資料としては重要な意義を有しないのである。

2. 本件記録によれば、本件競売は本件不動産を一括して競売に付するものであるが、当初の最低競売価額を定める根拠となった前記の不動産評価報告書によれば、右価額のうち本件競売建物の価額の占める割合は約五・五パーセントにすぎず、本件競売不動産全体の実質的価値を知らせる資料として本件競売建物の現況を表示することは、さして重要な意義を有しないものといわなければならない。

3. 前記のように、本件競売は本件不動産を一括して競売に付するものであるから、仮に抗告理由一1(六)のような所在土地の差異があったとしても、いずれの土地も本件競売の目的となっているのであるから、その現況を併記することは前同様にさして重要な意義を有しないものである。

四、抗告理由一2の主張については、仮に本件競売土地上に、抗告人主張の未登記建物が存在するとしても、これが当然に本件競売の目的となるものではないのであるから、これを表示しなくても本件公告の不動産の表示が違法となるものではない。

五、抗告理由一3の主張については、目録(8)の建物の賃借人であった町田米作が昭和五四年一一月一七日死亡したことは、抗告人が当審で提出した右町田米作の住民票によって認めることができるが、同人に相続人がなかったとの主張は、右住民票によっても認めることができないから(なお、借家法七条ノ二参照)、本件公告に右賃借人による賃貸借が表示されているからといって、これをもって違法とすることはできない。

六、以上説示したとおり、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとして主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 柳川俊一 裁判官 三宅純一 林醇)

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